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梅小路公園

路線概要

 京都市交通局の軌道線(以下、京都市電と略記)は1978(昭和53)年9月30日限りで、最後まで残った、通称循環線が廃止された事により、姿を消したが、その車両のうち、7形式7両が、京都市所有による永久保存されることとなった。
 そのうちの1両、京都電気鉄道が導入した、狭軌1形27号を、京都電気鉄道時代の姿に復元し、動体保存用に整備したうえで運転しているのが、この梅小路公園である。運行の主体は、京都市ではなく、京都市の外郭団体である京都都市緑化協会の手によっている。現在は公園内の遊戯施設の扱いであるが、今後は路線を延長の上、京都市電の車両を走らせ、最終的には市内循環線の復活への足がかりにする計画もある。
 現在のところの運転日は年末年始を除く土日曜日、祝祭日に限られているのが要注意である。当初は一往復するだけで、途中での乗降が認められていなかったが、後に、折り返し点での途中乗降が認められるようになった。

京都市交通局軌道線について

 京都は日本で最初の営業用電車を走らせたことで有名である。1895(明治28)年2月、京都電気鉄道(以下、京電と略記)が七条〜伏見油掛間を開業した事から始まり、同年4月には京都駅前〜岡崎公園前間を開業、その後、順次路線を延ばしていった。
 京都市の手による鉄道開業は京電から遅れる事17年、1912(明治45)年のことである。そして京都市は1918(大正7)年、京電を合併、競合区間は全て整理され、北野線(京都市呼称は堀川線)を残し、京電路線は廃止または改軌された。その後も京都市は路線を伸ばし、最盛期には約100km近くまで路線を保有していた。
 開業時には京都市電気部と称していた鉄道部も1926(大正13)年、電気局と改組、1947(昭和22)年には現在の交通局に改組された。
 そのような中、1958(昭和33)年、梅津線の一部がトロリーバスに置き換えのため廃止、1916(昭和36)年、京電時代の面影を残していた北野線が廃止されている。
 昭和30年代に全盛期を向かえた京都市電も、40年代には交通局の財政が逼迫、昭和41年度末の累積赤字は35億円にまで膨れ上がった。そのような中、路線の廃止計画がまとまり、北大路・九条・東山・七条・今出川線を除く全線の廃止が決定した。
 先ず最初に廃止されたのは伏見・稲荷線7.8km、1970(昭和45)年である。続いて1972(昭和47)年、千本・大宮線と四条線9.7kmが廃止、1974(昭和49)年、地下鉄への代替案が示された烏丸線が廃止された。この年、先に存続が予定されていた5線も廃止の方向で路線整理計画がまとめられた。
 1976(昭和51)年白川・今出川・丸太町線が廃止、翌年には河原町・七条線と烏丸線烏丸七条〜京都駅前間が廃止された。
 最後まで残った、外郭線だった北大路・西大路・九条・東山線が廃止されたのは1978年9月30日、この日限りで、京電から数えて83年の歴史に終止符が打たれた。

車両概要

 梅小路公園に走っている車両1形式1両のみ。その他、永久保存車が6形式6両が存在する。

ホームページ

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