阪堺電気軌道の車両

このページでは、阪堺電気軌道の車両を紹介します。

 モ121形   モ161形   モ251形   モ301形   モ351形 
モ501形 モ601形 モ701形 デト11形 TR形

モ121形 現、廃形式  モ121形

 1929(昭和4)年、藤永田造船製。在籍は0両。元を正せば、大阪市交通局1601形。1967(昭和42)年、大阪市電全廃を前に阪堺に譲渡された。当初10両が在籍していたが、601形の増備に伴い営業運転から次々に離脱、最後まで車籍が残っていたカラオケ電車130号が、2000年3月一杯で除籍。この除籍により、形式消滅した。車体は大阪市交通局時代とは異なり、阪堺形に載せ替えられていたが、台車部分が大きく欠き取られた車体が特徴であった。

 モ123号
 撮影場所  上町線 阿倍野〜松虫 間


モ161形  モ161形

 1928(昭和3)年から増備が進められ、1931(昭和6)年までの間に16両が川崎車両・川崎造船・大阪鉄工所・田中車両で製造された。その後、300形への改造や151形からの編入改造があり、更に、毎年正月輸送後の廃車も重なり、現在の在籍は11両。長らく主力の座を握っていたが、601・701形の増備に伴い、徐々に活躍の場が狭められている。夏場には平日朝夕のラッシュ時に姿を見せる程度であるが、冬場や正月特別輸送実施期にはその元気な姿が見られる。

 モ162号
 撮影場所 阪堺線 住吉〜住吉鳥居前 間


モ251形 現、廃形式  モ251形

 1950(昭和25)年、近畿車輛製のものと、1953(昭和28)年、愛知富士産業製のものとある。元京都市交通局の1800形だったものを1975(昭和50)年に6両譲り受けた。譲受時に前照灯などの改造を行ったが、京都市電の面影が残っていた。1994(平成6)年、256号が平安遷都1200年を記念して、京都市電時代の塗装に戻された。長らく異端車であったが、1995年、最後まで在籍していた2両が除籍された事により形式消滅した。現在、256号の廃車体が大和川車庫で整備保管されており、毎年の路面電車祭りでは現役車両に混じり展示されている。

 モ256号
 撮影場所 阪堺線 住吉鳥居前


モ301形 現、廃形式  モ301形

 1949(昭和24)年から1952(昭和27)年にかけて、広瀬車両・川崎車両・川崎造船・大阪鉄工所で製造された。7両が在籍していた。元は151形と161形で、戦災により被害を受けた車両を対象に、連結運転用に改造されたもの。連結運転の終了後は161形に準じた改造を受け、一般車と共通の運用に就いていた。しかし、モ601形の増備により、徐々に運用を離脱。最後まで残った2両も2000年正月特別輸送を最後に運用を離脱、2000年1月をもって形式消滅した。

 モ302号
 撮影場所 上町線 帝塚山三丁目


モ351形  モ351形

 1962(昭和37)年、帝国車両製。翌年にかけて増備が進められ、5両が登場した。車体は先に登場したモ501形と同じものが流用されたが、本形式は木造車であったモ101形を鋼製車体に乗せ替えたものである。半流線型の車体は、今はなき大阪市電3000形を偲ばせるが、側面の窓は南海21001系を踏襲している。冷房改造を受けているが、吊掛駆動であり、その先行きは決して明るくない。

 モ355号
 撮影場所 上町線 帝塚山三丁目


モ501形  モ501形

 1957(昭和32)年、帝国車両製、在籍数は5両。阪堺電軌約30年ぶりの新製車両である本形式は、それまでの無骨な戦前スタイルを一新した。全金製の車体は、さすが南海電車と言わしめた。前年にデビューした、南海本線1001系非貫通型をモデルとした車体は、今も斬新さを失わない。前述のモ351形と同一の車体を持つが、こちらはカルダン駆動の新製車。後に冷房改造を受け、モ601形などと共に、活躍する姿が見られる。

 モ504号
 撮影場所 上町線 住吉


モ601形  モ601形

 1996(平成8)年から1998(平成10)年にかけて、東急車輌で製造された。先に登場した、モ701形に準じた車体を持つが、元を正すとモ121形の改造車。在籍数は7両。阪堺電軌では最も新しい車両である。基本性能は、モ701形と揃えられているが、各仕様を比較すると、僅かながら違いがある。その殆どが全面広告車となっているが、写真の東急車輛搬出の塗装は既になく、現存するこの塗装は広告期限終了ごに大和川車庫で塗り直されたもので、若干の色の違いがある。

 モ605号
 撮影場所 阪堺線 住吉〜住吉鳥居前 間


モ701形  モ701形

 1987(昭和62)年、東急車輛にて製造された、新阪堺スタイルの始祖。阪堺電軌では30年ぶりの完全新造車両であり、本形式より、標準塗装が一新された。その後、1995(平成7)年にかけて増備され、最終的な在籍数は11両。最大勢力を誇る、モ161形には及ばないが、現在、主力車両として、大活躍している。電気指令式のエアブレーキを搭載している事から。従来の車両よりもブレーキの利きが良いため、前照灯の隣にブレーキランプを取り付けているのが特徴(モ601形にはついていない)。

 モ711号
 撮影場所 阪堺線 住吉〜住吉鳥居前 間


デト11形 現、廃形式  デト11形

 1954(昭和28)年、帝国車両の製造。車籍上の在籍数は0両。工事用資材を運搬すると言う本来の用途の他に、「堺まつり」の花電車として活躍する姿が見られた。晩年では、花電車としての活躍はなく、専ら工事用資材運搬に使用されていたが、それもトラック輸送に変ってしまったため、本線上に姿を見せることは殆どなくなっていた。2000年4月に検査期限が切れるのを機に、同年3月一杯で車籍を抹消された。車両そのものは残っており、入換用機械扱いとして残っている。

 デト11号
 撮影場所 阪堺線 綾ノ町 試運転風景



TR1形とTR2形  TR形

 19??(昭和??)年、阪堺電気軌道大和川車庫の製造。形式上は、1911(明治44)年に製造された、阪堺電気軌道(初代)開業時の車両にまで遡る。車両数は2両であるが、構内機械備品扱いと言う事で、車籍は存在しない。車庫内入換用の用途の為に、廃車発生品と、廃材を組み合わせて製造された。先述のデト11形が工事用車両から入換機械扱いとなったあおりを受けて、使用される機会が無くなった。共に、ありあわせの部品を組み合わせた事から、ほぼ同時期に製造されたにもかかわらず、形態が異なるものとなっている。

 TR1号とTR2号
 撮影場所 阪堺線 大和川車庫 展示風景



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